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 私は、この一連の公演のうち、1月19日の草津と20日の大阪を訪れた。かくいう私自身もカツァリスのファンになったのは、くだんのNHKの放送以来であるが、たまたま仕事の関係で知り合った方が、カツァリスと親しかったことも、彼への関心を深めた。カツァリスは、ベートーベンの交響曲全9曲をすべてピアノ1台で弾きこなすという離れ技を80年代に既になしとげた名演奏家で、その偉業はCD化もされている。そのような超絶技巧の腕前でありながら、「ショパンを弾く」で示されたように、豊かに曲想を描くことの大切さを、若い新進のピアニスト達に教えていたことが印象的である。また、「○○さん、今日の演奏を楽しめましたか?」ということを、かの日本の友人にも、公演の度に語るそうである。

 さて、このカツァリスは、今回はソロ演奏とは、また別の魅力を私たちに与えてくれた。
 ハイドンのピアノ三重奏曲は、難曲ではなく、来日公演の皮切りに、ふさわしい軽やかな印象の曲である。カツァリスは、弦と呼吸をあわせるため、時々、顔を向けて間合いを計る。そして、ピアノが表に出てくる変奏部では、あざやかに軽やかにメロディーを奏でるカツァリス。まったく自在に曲の中を泳いでいくような彼の姿を見ていると、かのモーツァルトも宮廷に招かれて得意の腕前を披露していたのは、かくの如くか、と、カツァリスの闊達な立ち居振る舞いに感じ入った。この印象は、モーツァルト自身の四重奏曲よりも、ハイドンの三重奏曲で、より強く感じた。
 しかし、私の聞いた2回の公演での圧巻は、ブラームスであった。弦のメンバーもイキが合い始め、その調べの美しさが心にしみいったのは、この曲であった。第二楽章での第一ヴァイオリンとヴィオラの二重奏、また、これに溶け込んでくる第二ヴィァイオリンとチェロ。一つ一つの弦の美しさと、これらが織り成す調べは、美しい錦織のような音楽の醍醐味を私に味わわせてくれた。さすがは、ヨーロッパの名だたる面々のこと、これは、まだ、ほんの腕前の小手調べでしかないのかとも思ったが、十分に堪能できる演奏であった。カツァリスについては、曲的にはハイドンのように華麗に表に舞い出てくるような箇所はあまりなかったが、曲全体のトーンのリズムをバックでしっかり支え、フレーズ毎にメンバーの顔を見つつ、オーケストラでいえば、指揮者としての役割を果たしていたとも言えよう。ブラームスについては、自信を持っていたのか、2回めの公演のアンコールでは、第三楽章を披露してくれたが、こちらも第二楽章に劣らぬ聞きごたえのある演奏であった。
 他の曲については、マーラーは、断章という名の通り、一つの完成されていない(シューベルトの未完成交響曲のような)曲であったが、できれば、もっと長い間、聞き続けていたいような、余韻を私に与えてくれた。フランクは、内面心理を描写したような印象の曲で、演奏にも細かい注意が必要な曲と感じた。大阪での公演では、途中、一時、テンポ感によどみができたが、カツァリスの正確なリードで、元に戻ったような印象があったのは、素人の錯覚だったかもしれない。

 全体として、今回の公演は、改めて、室内楽の良さを私に教えてくれた。繊細な音の響き、輝き、アーティキュレーションは、非常にレベルの高いもので、カツァリス五重奏団の今後の再演が待ち遠しい。もちろん、CDが出たら、すぐに買いに走りたい気持でもある。しかし、会場で生の演奏に接して、心にしみわたった、あの調べの美しさは、やはり得難いものであった。

 会場にいらしていた、あるファンのかたは、今回はカツァリス自身がソロ演奏のように、表立っては活躍しないのが少々残念と、話されていたことを覚えている。しかし、私は、別の意味でカツァリスの素晴しさを知ったと言える。読者の皆様にも、シプリアン・カツァリス五重奏団を、是非、お薦めしたい。

 ところで、カツァリスの公演ということで、草津も大阪も、たくさんの女性ファンが、ひきもきらず、彼のサインを求め、花束やプレゼントを渡していた。私と同じく、両会場共来られていた熱心なかたもいらした。カツァリス自身は、昨年11月から始まった、ザルツブルク他を巡りながらモーツァルトの協奏曲全曲を弾いていくというスケジュールで疲労を覚えていたとのことであるが、このような熱心なファンの方々一人一人に笑顔で応え、丁寧にサインをし、握手もしていた。ファンを大切にするその姿は、そのピアノの腕以上に素晴しく、改めて、カツァリスの人間性の豊かさに、ふれた思いである。私自身も握手してもらった、カツァリスのその手は、あのような超絶技巧の持ち主とは思われないほど、小ぶりであったが、ソフトで暖かみのあるものであった。

 素敵な演奏を、ありがとう、カツァリスさん、セベスチェンさん、ブレムさん、シュトレーレさん、ヘンケルさん。

 そのカツァリスは、今年(1997年)の7月に、また来日する。
 今度は、シューベルト、ショパンのソロ演奏で、松本、金沢、仙台、東京を巡る予定である。


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(1997.06.17 初版、1998.02.23 改訂)


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