第4部
Osanna, Benedictus,
Agnus Dei, Dona nobis pacem
4-3. Agnus Dei
【編成】 アルトソロ、
ヴァイオリン I & II(斉奏)、通奏低音
【調性、拍子】 ト短調、4/4
【作曲経緯】 パロディー。1735年に初演された《Himmelfahrts-Oratorium [昇天祭オラトリオ]》として知られるカンタータ《Lobet Gott in seinen Reichen [その御国にて神を誉めまつれ]》(BWV11)の第4曲〈Ach bleibe doch, mein liebeste Leben [留まりたまえ、わが生命]〉のパロディーの可能性が強い。ただ、スメントによれば、歌詞のみによって伝えられている1725年の結婚式用セレナーデ《Auf! Suss entz entzuckende Gewalt [立て、甘き喜びの力よ]》(NI)の第3曲〈Entfernet euch, ihr kalten Herzen [遠ざかれ、冷たき心よ]〉のパロディーであるとの指摘もある。
BWV11の第4曲と〈Agnus Dei〉を比較してみると、イ短調からト短調への移調のほか、アルト独唱の冒頭4小節(9〜12、Agnus Dei qui tollis paccata mundi)が新しい挿入であるなど、大幅な改変がみとめられる。〈アニュス・デイ〉のうち、原曲と対照可能な小節は次のとおりである(かっこ内は原曲の小節数)
1-8(1-8)、13-16(9-12)、17-25(19-28)、34-40(59-65)、45-49(75-79)
要するに、8小節の前奏は非常に良く似ていて、歌が始まった途端、《ロ短調ミサ曲》〈Agnus Dei〉の13小節目のメロディーが出てくるのである。
【評価等】 アルトが歌うこのアリアは何と胸に迫る音楽であろうか。ヴァイオリン斉奏による表出性に富んだリトルネッロに続いて‘Agnus Dei [神の子羊]’と歌い始めるアルト、それに5度下でそっと答えるヴァイオリン。
シュヴァイツァーは〈Benedictus〉と〈Agnus Dei〉をまとめて以下のように表している。
「ミサの把握の仕方についての、バッハとベートーヴェンの違いは〈Benedictus [ほむべきかな、(主の御名において来る人は)]〉と〈Agnus Dei[(世の罪を除き給う)神の子羊]〉において、最も明瞭にせられている。交響曲作曲家ベートーヴェンにとっては、この二つの楽曲は、彼の考え方からすれば、ミサというドラマのクライマックスであるが、教会的なセンスを持つバッハにとっては全ミサの静かな響き納めである。ベートーヴェンのアグヌス・デイのなかには、不安におびえて救いを待つ人間の叫び声が聞こえるが、バッハのそれは救われた霊の歌になっている。(筆者注:ベートーヴェンはハ長調ミサ曲と、荘厳ミサ曲の2曲を書いているがシュヴァイツァーは明らかに荘厳ミサ曲との対比で論評している。)