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Calligraph notebook
左の写真のものは、皆さん、何かわかるだろうか? これは、ジャンニーニの店で売られている手帳なのだが、なぜ、外装に手書きの文字が、それも印刷でなく、実際の肉筆で書いてあるのか、不思議に思われないだろうか。
これには、1966年の秋にフィレンツェを襲った大洪水から始まった物語がある。この年の11月にイタリアを襲ったサイクロンは、4日にアルノ河の氾濫を引き起こし、河にかかる橋も見えなくなるくらいの大惨禍をもたらした。この時に、多数の古文書も水没し、捨てるほかないと思われていた。これを、ジャンニーニの当主のエンリコさんが、知恵をしぼって、紙を再生させ、左のような文房具の品へと、よみがえらせたものである。
Catalog of calligraphs
そのいきさつを、左の商品のパンフレットから、抜き出して、ここに紹介したい。
『1966年、フィレンツェは、押し寄せるアルノ河の洪水に沈んでいました。水、泥、小石は、街を覆い、フィレンツェならびに世界全体に悲劇をもたらしました。
 幾多の芸術作品や歴史的遺跡が取り返しのつかない被害を受けたり、失われたりしたのと共に、沢山の農場、教会、修道院等の手書き古文書が、ページにしみや水が付き、判読不能になってしまいました。
 ジャンニーニ・ファミリーは、そのような貴重な物が、単に捨てられてしまうのを受け入れることはできませんでした。世代を越えて認められてきた書籍に対する大きな愛情をもって、ジャンニーニ・ファミリーは、極端には傷んでいない文書を救うことに着手しました。
 その後、それらの傷んだページに記されている数多の手書き文字(カリグラフィ)に魅了されたジャンニーニ・ファミリーは、彼らの製品の装丁に、それらの捨てられるはずであったシートを使うことを思いついたのです。手書き文字それ自体を、単なる記録そのものの意味を越えた、芸術的な装飾的なものに変身させるべきであると。
 ジュリオ・ジャンニーニの芸術工房では、これらの製品が、17、18、19世紀の手書き文書で装丁されていることを保証します。』(この意味の文章が、伊仏独英の4カ国語でパンフレットに記されている。)
可能な限り古文書を修復した上で、反故になるような物を捨てるに忍びないということで、新たに、これらに息吹を与え、世界中の人と、手書き文字の美しさを分かちあおうという、一家の熱意が、この文章からも、製品それ自体からも伝わってくる。
ジャンニーニでは、右のようなアートペーパーも販売している。一番左のものは、五線譜以前の昔の楽譜をあしらって、イタリアルネッサンスの文化を想起させている。真ん中のものは、金色の部分は、実際に金粉らしきもので印刷されていることがルーペで覗くと確認できる。専門家の人によると、日本の同様なアート紙とは、印刷方法が別とのこと(日本では、コスト的に引き合わない方法を使っている)。また、一番右のものでは、少々印刷ミス?(印刷のとぎれ)も見つかる。こういった不具合品?は日本の業界では、不合格としてはねられるらしいが、手にとって見たイタリアのものは、それさえ、逆に絵画のデフォルメのような味わいを醸し出している。
どうやら、日本の場合、工業的、ビジネス的尺度で割り切った品質基準で、紙製品を供給しているようだ。しかし、逆にそのような一律の枠組みのないイタリアのほうが、自分達にとっては、味わい深いものを提供してくれている。
Art paper
右は商品ではない。購入した品々を包んでくれたジャンニーニの包装紙である。これは、大量生産の印刷物なので、格から言うと、上のアートペーパーやマーブル紙より随分落ちるものである。しかし、御覧になるように、なんとなく良い感じのデザインで、この包装紙自体も日本へ持ち帰ったら、部屋の飾りにでも使いたくなるような物であった。
Catalogs of Giannin's
左はジャンニーニのカタログ。マーブル紙などを装飾に利用したいろんな文房具の品々がいくつかの小冊子に紹介されている。店やショウウィンドゥのあちこちに、これらの文房具が飾られ、販売されているのを眺めていると、部屋の中にいくつもの美しい大理石がちりばめられたかのような雰囲気を感じる。ちなみに、マーブル紙のマーブルとは、英語で大理石のことであり、また、大理石は、フィレンツェの、もう一つの代表的伝統工芸品、モザイクの材料でもある。
このような環境でこそ、あの美しいマーブル紙は考え出され、育まれてきたのである。
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