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 10 日 晴 天候が暖かいことは、陰暦の日本での4、5月の頃に似ている。

 11 時より、「ペードスチェニー」氏の案内で、歩いて、市中の細かい象嵌細工を行っている家に行った。すなわち、昨日も記した「モザイカル」の工芸である。この工芸は、いろいろの模様のある石を集め、その各色の部分を切り取り、配色し、他の石面に象嵌し、絵の模様を描き出している。人物、草花、みな良い。その精巧なものに至っては、本当の絵画かと疑うばかりである。その技術の精密さによって、腐ったものを新たなものとし、不用なものより高い価値あるものを生み出すのはイタリー人の性質で得意とする伎倆である。イタリーの山に石を産出するが、白いものは雪が凝結したかのようであるし、黒いものは漆を固めたようである。その他、雲紋、花蕊(かずい)、花剛、各美しい色の石で、あちこちより出土したものを採集して象嵌に供している。この工芸は、古代ローマの時代より伝わる技術で、3000 年前、既に美の極致に至っていた。「ポンペイ」(那不児(ナポリ)府の記、参照)の地底より掘り出した、家屋、食器にも、しばしば「モザイク」があり、なお完全に残されている。ローマ市の古代宮殿の残された礎にも、「モザイカル」の彫刻が保たれているものも多い。近代文明は、日毎に進んでおり、この工芸もまた精巧、華やかさを極めている。なかでも、ローマにおいては、精密な型へのはめ込みを行っているが、この街(フィレンツェ)では、なるべく、はめこむ石片を削って小さなものにするのではなく、うまい配置の巧緻さを現出している。それぞれ巧妙であり、その他、石の細工はこの国の特長とする技術である。鉱山業においても、国民の注意するところは、石にある。象嵌の工芸は、ことさら絶妙の技術の一等のものである。

 「モザイク」を作るには、先ず、一個の良石をもって基板とする。多くは、漆黒の緻密な石を用いる。他の諸石も、良くないものはない。また、家屋、壁に直接に加工する場合もある。およそ、石面に石をはめ込むには、まず、基板に用いる石盤もしくは石板を切って、適当に四角や円の形にする。大きいものはテーブルに、小さいものはボタンにする。その石面に、まず象嵌しようと思う花の模様を彫り込み、「ヂマスチック」という石の糊を練って、その硬さを飴のようにする。画の模様の窪みに、この糊を塗り、いろいろの色の石片を切り、画の模様を勘案し、配色象嵌してしまう。その「ヂマスチック」というものを示してみると、その状態はあたかも松香(松やに?)のようで、両手でこれを曳くと飴のようである。冷えて固まれば、石と性質が同じになる。この糊がなければ、「モザイク」の工芸は実現し難かったであろう。

 象嵌に用いる石材は、元来、細かい破片の集まったものから成るので、種々の石を集めて、その保有している模様により切り取り、各色が画の模様に合うものを用いることによっている。あるものは、宝石の小さな屑もまた使用されるであろうし、山中より採掘されたものもあり、水中からすくい上げられたものもあり、近いところでは「アルノ河」より出る紅の石があり、これは淡紅色の材料としている。エジプト国より艶紅色の石を供給し、ロシアの孔雀石をもって緑色の彩色材料とし、その象嵌の工芸技術が、いよいよ精密であれば、ますます美しい。であるので、小さい屑のような石でも、この技術によれば、また価値を生み出す。技術は精密であって価格は安い。大抵一つの石のテーブルで 100 ドル、200 ドルに過ぎない。しかし、その精密なものになれば、1000 ドル以上になるものもある。この街に十数店があり、専業である。イタリー中で、名誉の産物となっている。

 大理石(マーブル)の細工も、この街の名産である。トスカーナ国は、所々に大理石の鉱脈が多く、古くより石彫の技術に秀でている。現在、石彫の店に、自分の肖像を依頼するならば、写真一枚を必要とし、これによって依頼人の容貌と照らし合わせ、詳細に記号を記しておいて、約 15、6日、あるいは7、8日の間に美しいその人の石像を完成して届けるところとなる。彫石の工芸は、欧州において絵画と並び行われており、人々は非常に重んじている。わが日本の石工とは、品位を異として、芸術の一部となっている。各国は、これを学んではいるが、イタリー人はとりわけ名人を輩出するという。



このように絵画がモザイクで出来てしまう

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