--- F1 Japanese GP SUZUKA 1988 ---
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1日め、フリー走行
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1996年現在では、初日のフリー走行には、まだせっぱつまった雰囲気はない。しかし、1988年はエントリーが31台、FISAの方では危険を理由に予選参加を30台としていたので、初日のフリー走行で最下位のドライバーが予選参加ができなくなる状態であった(翌年から始まる予備予選の前形態)。
不調のティレルが危ないとサーキット内ではアナウンスされていたが、結局涙を呑んだのは、コローニのタルクィーニだった。決して腕の悪いドライバーではなく、その後のツーリングカーレースなどでも活躍するのだが、大半の観客は彼の名前は頭になかっただろう。

ベイリーがスピン
(1日め、公式予選)
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前年度、NAマシントップだったティレルだが、この年は、絶不調だった、シーズン後半になってフェラーリからポスレスウェイトを招き、ここ鈴鹿でプルロッドからプッシュロッドへサスペンションの変更を試みていた。F1新人ベイリーは、初日の予選、シケインを出たところで、コース脇の草地にフロントを取られ、スピン。ベイリーは、翌年WSPCで活躍、しかし、F1で実績は上げられなかった。
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