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レクイエム(1877−1900年)


 このあまりに有名な曲は、そのシンプルな美しさで際だち、日本では依然として、この曲を持って、フォーレの音楽全体を評価しかねないほどの市民権を得ている。
 ここで作品の成立過程を整理することは、フォーレのその時代への関わりとも関係して重要である。すなわち、サロンや教会での特定の個人的場面から、一般的な演奏会ヘの「場」の変化、即ちこの曲の社会的位置づけの変化発展を示すものであり、音にも聞き取れる違いを含んでいる。

 フォーレはまず1877 年ころ、バリトン独唱とオルガンのための「リベラ・メ」を書きあげる。この段階では、オーケストラと合唱はまだなく、ひな型に留まるものであったが、現在の版を構成する7曲の中では、現実的な強い情感に溢れていることに注目したい。

 一方作曲者は、1881 年ころ、現在「小ミサ」と呼ばれる、ハーモニュームと小規模なアマチュア合唱隊(実に海の漁師たちがそのメンバー)のために三声のミサを作曲した。この曲は、演奏者と場が特定化された機会音楽であり、「サンクトゥス」に、後のレクイエムの同じ章を想起するような音の動きが見られるなど、習作とも位置づけられる。

 さて1887 年、相次いだ父母の死に触発され、「イントロイトゥスとキリエ」,「サンクトゥス」,「ピエ・イエス」、「アニュス・デイ」、「イン・パラディスム」の5曲が極めて短期間で作られる。これらには共通して、静的な旋律線、機能和声、構成の明快さなど作曲上でのす早い筆致が認められる。感得させられる「死の甘美さ」により、宗教界から異教徒視されたように、後述する残りの2曲とは、死の恐怖に対する構えの違いなど、いわば体温の違いを感じさせるものがある。楽器構成は、バイオリンを除く(但し「サンクトゥス」ではバイオリン・ソロを起用)弦楽パートとオルガン、ハープ、ティンパニーそれに合唱パートというものであり、管楽器は除かれている。またこの版は,「小ミサ」の精神を引継ぎ,肉親の死に起因する機会音楽の要素を依然有していると見なされる。この幾分暗い音色を有する第1版は、CD ではオクスフォード・カメラータの演奏(NAX0S 8.550765)で聞けるが、実演の方は今日殆ど期待できない。なおこの演奏では、同じ楽器編成で「リベラ・メ」なども演奏しているが、例えぱ曲の中ごろ、「ディエス・イーレ」を導く極めて印象的なファンファーレについては、(標準的なオーケストラによる現行の第3版(R.Fiskeらによる定義[5])とは印象が相当異なり、)極めて素朴なものである。

 初演後の1889 年、「リベラ・メ」同様バリトン独唱が大きなウェイトを持つ「オッフェルトリウム」が完成する。そして同年、この2曲が加わり劇性をやや増した計7曲が演奏される。この時、金管楽器が加わり(しかし依然木管楽器はなく)、変則的楽器構成が幾分緩和された。これが第2版であり、マドレーヌ寺院で響いた当初のレクイエムであった。この第2版は、現在CDではガードナー指揮(PHILIPS 438 149-2)などで聞くことができるが[9]、同じく実演演に出会うことは殆ど期待できない。

 作曲者は演奏されるごとに管弦楽の内容を書き改め、特に出版社の要請を受け、バイオリンパートと木管楽器を加えて、1900 年に標準的なオーケストラ形式による第3版[5]を完成する。ここで初めて、一般的な演奏会用の版が完成したと見なされる。しかしこうした複雑な経緯の結果、現在発刊されている複数のスコアについても、依然細部に違いが残っており、演奏に当たっては、スコアに対するクリティークが必要となっている。以上見てきたように、「リベラ・メ」の初版から20 年以上の間に曲に生じた変化発展は、まさに演奏の「場」の変化、教会など個人的生括点から、コンサートホールに代表される普遍的な演奏会場への「場」の変化を示すものであった。

 フォーレのレクイエムは、1995 年の生誕150 周年などの記念もあり、近年あまりに数多く演奏されてきた。もはや各曲の評細な説明は不要であろう。最後、演奏面で留意したい1、2の点を述べる。まず楽器バランスに関して、喜多尾道冬氏は、フォーレが用いる楽器の中で、特にオルカ"ンとハープが重要な役割を担っていることを述べ、オルガン(及び低弦)がフォーレの情感を押し出す方向に、一方ハープ(アルペジオ奏法)がこれを緩和する方向に用いられていることを指摘している。そして、この2つが組み合わされて、深い情感が浄化(カタルシス)されて聞こえることに言及している[8]。これは卓見であると思われる。最後にこの曲の中で最も音楽的に練り上げたい所はどこかということである。最終的には、個人の好みもあろう。しかし私には、それは一番後に書かれた「オッフェルトリウム」であり、特にバリトン独唱をはさみ2回現れるカノンにあると思われる。ここで作曲者は,練達の技巧により類例のない神秘性を具現化したと思われるのである。また、ここには幼時ニデルメイエール宗教音楽学校で絶えず聞いていた、ジョスカン・デ・プレなどの古い教会音楽が遠く響いている[6]。レクイエム全体の演奏水準を決めるポイントの一つである。


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